イルカとチベット(とナヴィ)


アカデミー賞のドキュメンタリー部門は日本のイルカ漁を告発する内容の「ザ・コーブ」ということで、捕鯨問題ともあいまって物議をかもしている様子。
町山智浩さんのブログで紹介されていて、そういう映画があるということは知っていたけど、まさかアカデミー賞にノミネートされていたとは知りませんでした。
もっとも、アカデミー賞はもともと身内のお祭りで、ハリウッドの映画人にはシー・シェパードに賛同する人も多いらしいということで、当然の結果と言えなくもないようです。(Wikipediaのシー・シェパードのページを見ると、そうそうたる面子がそろってますなー)

日本人的には「うちらのご先祖は鯨1頭捕ったら骨の髄まで大切に食べてたのに、お前らの先祖は油だけ抜いて捨ててたじゃないか」とか色々言いたいことも多いわけですが、ちょっと考えてみるとこの構図、たとえば「セブン・イヤーズ・イン・チベット」に対して中国が反感を持ったり上映禁止にしたりするのと似ている気がします。

ハリウッドの映画人には人権問題に積極的な人も多いのは周知のことで、ことがチベット問題であれば日本人もリチャード・ギアなんかに同調して「フリー・チベット」とか言うことにまったく抵抗無いわけですが、一転捕鯨問題になると自分たちに矛先が向いてきて戸惑っているのが今の状況かと。
でもアメリカ人にしてみればチベット問題も捕鯨問題も純粋な正義感から発している意味では同根で、それだけにロジカルな反論をしても効果は無い気がします。
(チベット人の受けてる迫害と鯨を同一視するなという意見は当然ですが、ここで言いたいのは視座を変えて見ることの難しさなのでご容赦を)

そもそも日本人だって、「鯨を食べるのは全然かまわないけど犬を食べるなんて畜生にも劣る」と思っている人は多そうだしなあ(犬食でググると結構出てくる…)
カンガルーとか馬とかウサギとか犬とか、結局その対象に愛着のある人は食べることにタブーを感じるし、でも食う人は食うし、現代においては敢えて食う必要なんか無いじゃないかと言われてもそれは文化の問題だし、やっぱり難しい問題ですね。

それにしても、「異なる文化も尊重せにゃあかんよ」というメッセージがこめられた「アバター」が作品賞を争ったその年に、西洋的価値観の押し付けとしか思えない「ザ・コーブ」がドキュメンタリー賞を取るというのも実に皮肉な話です。

言葉で説き伏せるのは言語の違いもあって困難なので、ここはひとつ、富士山をバックにイルカ漁をしているナヴィが動物愛護団体の攻撃にさらされている風刺画とか、誰か描いてみませんかね?

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